そして沖縄

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 今朝、一週間前からこちらに遊びに来ていた幼馴染のNさんが日本へ帰国。

 仕事が忙しかったので彼女にはほとんど家で他愛も無い事を喋る以外特別何もお世話してあげられませんでしたが、荷物だけはこちらへ来た時の倍の重さにして帰って行きました。
 それでも昨日は時間を作って一緒に大型ショッピングセンターへ足を運んだのですが・・・そこにあるペットショップへ何気に入ってみると、可愛い子猫が猫鍋状態で檻に入っているではないですか!!
 雑種なので、多分どこぞで生まれた子猫をその店が引き取って里親を探しているようでした。

 ショッピングセンターに居る間、ずーーーーーっとその子猫の事を考え続けた私だったのですが、沸き立つ誘惑を抑えて帰宅。

 ゴルムの遺灰が届けられて間もないので・・・まだ彼がどうもそばに居るような気もしてしまいますしね。
 10月の末を待ちます。(10月の末とはなんぞや?以下の日記をご覧下さい)


 さて、夏休みの記述の続きを。


 前回7月中旬に訪れた伊東温泉のことに触れましたが、その時の写真を更にまた少々・・・
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(芸妓に扮したわたくしの首下のショット)
 
 こちらで2人の芸妓のお姐さんのお世話になったんですが、お2人ともまさに「粋」たるものを形にしたような方たちで、日本にかつて存在していたこの女性に対する美しさの観念は素晴らしいものだなとしみじみ痛感いたしました。
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 「粋」って言葉はこの機に教えていただいたんですが、本来女性にだけ使う言葉なんだそうですね。
 女であるはずの自分の中にはまったく見出せない要素をふんだんに感じさせる方たちでありました。
 夜はこのうちのお独り、波姐さんのお店へ行ってビームのO編集長と飲んだり歌ったり。編集長の持ち歌「待つわ」は巷の噂で「・・・すごいよ」と聞いていたので、それを直に耳にすることが出来て感無量でございました。お姐さんはびっくりして言葉を失っておられましたが。


 さて、伊東の次は沖縄なんですが、その前に東京では居候させていただいていた松田洋子先生宅でおいしい豚キムチを頂いたりほんとにちょっとだけ原稿のお手伝いをさせていただいたり、出版社の方たちと打ち合わせをしたり、あと参加させていただいている同人誌「赤い牙」の焼肉会で美味い焼肉を食べたり・・・


 そんな東京滞在を経て私は一人で沖縄へ。
 マンスリーで予約していたレンタカーを借りて、那覇市内を適当にドライブ。そうしているうちに夜になり、旦那もシカゴから飛行機を乗り継いで(シカゴ-成田-関空-那覇)到着。その夜は那覇に一泊して、翌日国道58号線を通って一路北部の本部町へ。東シナ海の青い海を左に臨みながらラジオで来日しているイタリア人オペラ歌手のインタビュ-を聞く旦那。
「O sole mio」など次々に流れてくる定番カンツォーネに「ラジオ消してくれ」。
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 お昼近くに本部町に到着、借りるお家の管理会社であるアルマ・リゾートへ行き、目的の家屋まで連れて行っていただきました。
 ネットで写真を何枚か送って着ていただいたので既に見て知ってはいたのですが、その実際はもっと素敵!な古民家。「ガーデンハウス」という名称なのですが、その名の通りゴーヤーやパパイヤやバナナの木が茂る素晴らしいお庭つき。背後には八重岳の密林が茂っており、もう願っても居ないロケーションで私も旦那も大満足でした。
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 お家は古いといっても築30年くらいのものということで、しかも改装されているので快適さは抜群。8名まで泊まれるそうです。
「8月いっぱい沖縄で家を借りて仕事する」と言うと「無理だよ、そんなの!」というのが周囲の反応だったのですが、クーラーもPCも完備なので何の問題もあるように見受けません。

 いったん落ち着いて早速近所の食堂で「ゴーヤー」やら「海ぶどう」など沖縄の美味いもんで空腹も満たし、その後4年前に訪れて本島なのにその海の美しさに感動した瀬底へ。

 前回は子供がどうしても人口尾びれのイルカ「フジ」に会いたいと、なけなしのお小遣いを叩いて私達に沖縄へ連れて行ってほしいという要求を受けて訪れた本部町。その時は到着した翌日に朝からこの瀬底ビーチへ行って夕方まで楽しんだのですが、沖縄の紫外線の恐ろしさに何の知識も無く、イタリアの海岸感覚で出かけた私達はとんでもない目にあったのでした。
 駐車場が一日1000円、パラソルも一日単位で借りたので「今日はたっぷりビーチで過ごそう!」とせこさに煽られて意気込んだのですが、結果親子3人全身真っ赤の軽症やけど状態。ちらほら見えていた服を着て泳ぐ人に「肌が焼けたくないのはわかるけど、あれはおかしいよな!」と軽佻していた旦那でしたが、自分の判断の過ちを残された数日間の滞在中ずっと悔やみ続けておりました。
 そんなわけで今回は海に行くなら午後4時以降、必ず服を着て泳ぐと決めて勇んで出かけた瀬底だったのですが・・・

 目的地に着いて、その周辺の変容に愕然。
以前駐車場があったはずの場所に巨大なコンクリートの建造物が建っていて、ビーチにそってどーんと視界を遮っているではありませんか。
 見るからに「ビーチリゾート」なその建造物、しかし工事が為されている様子はありません。というか、なんだか様子が変。建設途中に開発会社が破綻したんだそうです。
 とにかくそれにショックを覚えた旦那、結局泳がずして家へ帰り、ネットで私にその謎の建造物についてを調べさせ、観光という視点から外れた沖縄という島の実態についての探究心を抑えられない感じになってしまいました。
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(夕日は相変わらず美しかったですけどね。やどかりも元気)
 
なんで、旦那はその日からずーーーっと知られざる、知らなかった沖縄の様々な実情を調べまくり。
 挙句にはイタリアの地元新聞に「悲しき熱帯・沖縄」なんてレヴィ・ストロースみたいなタイトルで記事まで掲載する始末。
 しかも時期は8月。
 テレビでは連日「大戦の生き証人」ドキュメントを放映しているわけですよ。でもって、それを私に全てを訳させるわけです。これはもう、なんていか、ほんとに、・・・凄かった。パプアニューギニア、ビルマ、フィリピンなどの南方をはじめ、日本で唯一の上陸戦があった沖縄。
 朝にそのドキュメンタリーを見ることから一日がスタート、その後に原稿仕事っていうサイクル(やっていたのはビームのローマ漫画・・・)はハッキリ言ってハードそのもの。
 しかも私はペットロスを引きずってもいたので、沖縄という素晴らしい場所に滞在しつつもすがすがしいリゾートな気分にはなかなかなりません。
仕事を持っていくという時点でまあ、それは回りからも懸念されていた通り、ムリな事だろうとは思っていたのですが・・・

 そんな私の様子に呆れたのか、疲れたのか、ある日PCの前に座っていた旦那が私を振り返り、こんな言葉を。

「ほら、ここにマリの愛情を必要としている子猫が生まれてるよ!」

 何のことかと思って画面を見ると、ポルトガルのコインブラという街に暮らすブリーダーのサイトで、なんだか凄く派手なトラ柄の猫なんだか山猫なんだかわからんような猫の画像が映っています。

「これ、この間生まれた猫、予約したから」

 もしも新しい猫を新たに家に迎え入れるのであれば、私は別にどんな猫でも良かったのですが、旦那はなんだか妙にそこに出ている猫に固執しているわけです。
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 じっくりとGoolge Earthで探して見つけた今帰仁の素晴らしい、土日の釣り人以外は毎日徹底的に無人のその小さな砂浜へ毎日午後の4時過ぎにシュノーケルへ出かけ、美しいさんご礁を堪能している間でさえ
「・・・ところでさ、あのコインブラのトラ猫の事だけどさ・・・」と猫のことが忘れられない様子の旦那。海の中のきれいな熱帯魚見ながらも頭の中はネコ。
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 彼も彼なりのペットロスをそうやって解消しているのかなと思いつつ、どんどん段取りが本部町の古民家のPC上で進行し、ついにその雌の子猫(その名もクレオパトラ)が10月末にうちにくることになってしまったのでした。

「誰かの愛情を必要としている猫がいるよ」という言い方が有無を言わさずゴルムの次なる猫を迎え入れるべきという旦那の説得法、なかなか効き目があったと言えましょう。
 
 そんな訳でまあ、あの環境で毎日仕事をこなすのはホントにヘビーなんですが、夕方には先述の今帰仁や古宇利島などの無人の浜に出かけてリラックスできるので、第二次世界大戦の実態の深みに嵌まり込んで考え込む以外は精神健康面も絶好調。
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 実は今年の夏休み、私は本当はパプアニューギニアへ行きたかったのです。
 動機は、このブログにもかつて何度か書いていますが、水木しげる先生の戦争体験の本を読みすぎたせいもあったからと言えます。チケットやホテルの手配も仕掛けていたんですが、旦那といろいろ検討した結果沖縄本島の古民家になったわけです(だんなは送りつけたロンリープラネットを読んでいるうちにパプアの原住民に怯んだらしい)。
 でも結局私が今回の沖縄で感じたものはパプアニューギニアを訪れても感じていたものに近かったかもしれません。

 ある日古民家裏の八重岳へ旦那と出かけた時、鬱蒼と樹木が生い茂り、大きなコウモリが頭上を飛んでいくその人の気配のない山の中で私は対戦中に学徒動員されて無くなった息子と同じ中学生の子供達の慰霊碑や、清松隊という隊の陣地壕跡地、そして玉砕慰霊碑などを見つけました。

 ほとんど訪れる人も居ないという、北部の激戦地のひとつであるその八重岳にひっそりとたたずむそれぞれの慰霊碑。
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 後に私達がお世話になっていた民家のオーナーの棚原氏に伺うと、沖縄は南部の激戦が有名だけれと、本部町あたりもかなりのダメージを蒙ったのだそうです。本部町といえば「ちゅら海海洋博物館」でしか知られていない場所ですが、実はそこにはそんな背景もあるのです。
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(日没後の八重岳山頂付近)
 
 いよいよ沖縄を去る日が近づいてきたころ、この棚原氏がご婦人と一緒に大宜味村などやんばる周辺を案内してくださり、観光客がほとんど来ない美味しい沖縄そば屋も堪能。夜は家でゴーヤーパーティーをしようということになり、氏が獲れたてのカツオのさしみと泡盛、三味線を持参で登場。
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 うちの坊主がゴーヤーチャンプルーを作りたいというのでその手ほどきも丁寧に受けました。
 イタリアでは皆で集まって楽しみたい時はレストランへ行くよりも誰かの家へお呼ばれするか、または呼んで楽しむかのどちらかが多いのですが、日本ではあまりそういう習慣はないように思います。
 ですが、このように美味しい食材やお酒を持ち込んでいただいて周りに気兼ねすることなく美味しいものを堪能し、しかも素晴らしい三味線で民謡まで唄って下さるとこなど、どことなくラテンの家族的な雰囲気が漂います。

 棚原氏の奏でる南洋小唄に心打たれ、家のすぐそばが舞台という石くびりなど有名なのも含めた数々の民謡、何かが具体的に似ているというわけではないのですが、耳を傾けているうちに哀愁に満ち満ちたポルトガルのファドに通じるものがあるように思えてならなくなりました。
 そういえば、旦那が散髪に言ったその民家のすぐそばの小さな床屋さんのお父さんが、ある日突然うちに庭で取れたというグアバをどっさり持って現れました。
 バーンと現れた割にはシャイな感じで目線も伏し目がち、グアバを私にぐいと託すと自分でドアをバーンと勢い良く閉めて、さささっと去って行った床屋さん。
 あの感じもなんだか粗忽で謙虚なポルトガル人に似ているなあと思いました。
 歴史的にもいつも隣国スペインの侵略に煽られ続け、だからこそ自分たちのアイデンティティーに対しても確固たるプライドが存在するあたりなんかも、ちょっと似ているかもしれません。

 今でもあの一ヶ月を振り返るといろいろなシーンが脳裏に蘇ってきて、感極まる思いにさせられます。
 あんなに美しい自然がある沖縄という島に強いられたいろいろと切ない過去や現在の事情にも、これだけ長く居られたからこそしみじみ接することができたと言えましょう。
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(今帰仁城にいた猫)

 沖縄本島に数日間滞在されたい方がいらっしゃいましたら、この本部町伊野波にある古民家「ガーデンハウス」、おすすめです。そばの今帰仁村にはほんっとにきれいなビーチもあるし、夜にはでっかいオカヤドカリも出現します。

 ああ、また戻りたいなあ・・・

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(息子のアイドル、イルカのフジも元気でした)

 というわけで8月が終わり、ほんの一瞬だけ北海道へ戻って数ヶ月前から予約をしてあったトムラウシ温泉へ向かった我々は、そこで人生出始めて野生のヒグマに会いました。

 つづく。
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by dersuebeppi | 2009-09-21 19:54

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