デルス・ウザーラ

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うちの息子の名前は彼から頂戴しました。

デルス。

イタリアでは「日本語でどういう意味なの?」と聞かれるし、
日本では「イタリア語でどういう意味なの?」と聞かれます。

でも、これは東シベリアのナナイという民族の名前なので、日本ともイタリアとも関係はありません。ちなみに日本語に訳すると「白い丘」という意味らしいです。息子が生まれた瞬間、直感的につけた名前にしては、突飛な意味のものじゃなくて良かった。これが「馬の尻」とかだったりしたら焦りましたけど。

でも、それでもデルス以外の他の名前は、あの時点での私には思い浮かべられなかったような気がします。

そしてこのDersuという名前ですが、実は日本よりも欧州の方が知名度が高い上、そのほとんどの人がこれを日本名だと思っていたりするので驚きます。

デルスとは、1973年に黒澤明監督が撮影した映画「Dersu Uzala」の主人公であり、もともとはロシア人探検家ウラディミール・アルセーニエフという人の探検記録を元にしてあります。この探検記録自体はロシアでは読む人があっても、世界的に知られていたわけではないんですが、この黒澤明監督によって一気に世界にその名前が知られることになったんでした。
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で、たまたま監督が日本を代表する人だから日本語の名前なんじゃないかと錯覚している人がいるみたいなんですね。

でもこの映画は黒澤がソビエト連邦国から招聘され、オールソ連出資、オールソ連ロケで作られたものなんです。スタッフのほとんどもロシア人で、黒澤映画の常連俳優たちは一人も出演していません。(かの三船敏郎には主役のDersu役としてオファーがあったそうですが、2年のロケは無理ということで断ったそうです) 
監督自体は、この記録書を実は助監督時代から読んでいて、ずっと映画化を考えていたそうなんですが、広大な自然を舞台とするロケが北海道ですら(!)不十分ということで、ずっと実現できないでいたそうなんですね。
そこにソ連から声がかかったと。
しかも、それは黒澤監督の精神的スランプの直後だったそうです(自殺未遂などしたらしい)。

黒澤監督の25作品目となるこの映画「Dersu Uzala」は、1975年にモスクワ映画祭で大賞をとり、その翌年にはアカデミー外国語映画賞も受賞しています。
そのわりには日本では知ってる人、少ないんですよね・・・

この作品は彼の作品中唯一「自然と人間」をテーマに取り上げたものです。
自然、というよりも、舞台となる果てしないシベリアの大自然こそが主役の映画といってもいいでしょう。Dersuという人間は、このシベリアの大自然の一部であり、その精霊といってよい存在として描写されています。
仲代達也やミフネのドラマティック演技が特徴になってしまた監督の映画とは思えない、いったいどうしたんだろう!?と思うくらい彼の一連の映画の中で最も自然でソフトな作品だと私は思います。

イタリアに暮らしていた時にテレビでこの映画をたまたま見たのですが、まず何に衝撃を受けたかって、このDersuという一切人間社会に帰属しないで生きてきたおじいさんの、自然だけから授けられた純粋さの結晶でできたみたいな深さと暖かさと優しさ、人間であることの奢りのなさ、などです。
当時フィレンツェでルネッサンスだのなんだの、人間万歳てんこもりみたいな勉強ばっかりやってた私には、このDersuやシベリアの自然ってのはかなり強烈なショックでした。

デルス・ウザーラは人間によってカーヴィングされた人間ではなく、あくまで自然によって形作ら
れた、濁りや澱みのない人間とでもいうのでしょうか。
でもこんな人って滅多にいるもんじゃないですよね。今もむかしも。
やっぱり文明社会を離れないと不可能な現実逃避的理想なのかしらと思ったり。

でも、それでも彼は生きていく上で知っていなければいけない人間のかたちのひとつだと、思い続けて現在に至っております。

ちなみにうちの息子はついこの間まで、自分はこのDersu Uzalaの子孫なんだと思い込んでいたんだそうです。

違うってば。
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by dersuebeppi | 2007-03-31 20:46

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